生きるよすがとしての雑記

事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。

明文化されないルールを知る必要性

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世の中にはルールがあります。

 

憲法や法律のように明文化された規則だけではななく、ある社会、ある組織、ある集団にはそれぞれ暗黙のルールが存在します。政治には政治の、経済には経済の、会社には会社の、グループにはグループのルールがあるのです。

 

政治には政治のルールがあります。たとえば、くだらない政治のルールを変えようとしても、ルールを変えるためにはまずそのくだらないルールを理解する必要があります。そして、そのくだらないルールの中で戦って変えるしか方法はないのです。不毛な政治の争いを終わらせるためには不毛な政治の争いをしなくてはなりません。

 

 

グループには暗黙のルールがあります。グループというのは均質的な人間によって構成されることが大多数です。グループのルールはメンバー間の共通のイメージを形成し、排除すべき人間のイメージを形成します。あるグループの内側に入り込むにはその集団で求められている資質に合わせて自分の振舞い方を修正する必要があります。言葉遣いや表現する価値観、服装や趣味嗜好を変えるのです。グループの言動や細かな空気に目を配り、暗黙のルールを察知して、それと自分の表現している振舞いが適切かを客観的に観察する能力があってはじめて溶け込めるのです。他者を観察するだけでなく、自己を観察する能力が求められます。

 

 

金を稼ぐためには社会のルールを知らなければなりません。商法、会社法、労働関連の法律だけでなく税金や経営者に課せられる義務も守らなければつぶされてしまうでしょう。

 

世の中のルールを理解して、きちんと守りましょうと言いたいわけではありません。

世の中のルールを理解して、きちんと守ってしまう真面目とは、期待された通りに動くということであり、他人にいいように使われる危うさを持っているのです。

 

必要なのはルールを理解し、その本質を理解し、穴をつき、利用することです。所詮社会というのは搾取する側とされる側とのパワーゲームです。簡単に他人を信じてしまう”無垢”で”善良”な人間が”狡猾”で”小利口”な人間に合法的に持ち物をむしり取られる世界なのです。

 

なぜそんなことが起きるのかというと、彼らはルールのリストを知っていても、そのルールの外側にある明文化されていないルール、世の中、社会、人間というものの本質を知らないからです。

 

資本主義のルールを知らなければ知っている人間に搾取され続けるでしょう。世の中には「やってはいけないリスト」はありますが、「やってもいいことのリスト」は存在しないのです。罰則のあるルールを知り、法律の範囲の外側でいかに他人よりうまく立ち回れるかでどちら側になるかが決まるのです。